わが青春の追憶
呉海兵団

カッターは苦し

「カッターの正式名称は短艇といい、軍艦の分身であるから常に威厳を保っていなくてはいけない。カッター乗組員の指揮者は艇長として礼節を心得、外部から見て見苦しい態度は慎まなくてはならない。短艇には敬礼のやり方がある。例えば午前八時の軍艦旗掲揚、日没の軍艦旗降納のときは短艇を停止し、近くの軍艦旗に対して『かい立て』を行い、艇長は直立挙手の敬礼をしなくてはいけない」

分隊長の訓示に続いて、教班長から一通りカッターの部位名称や『かい』の扱い方、『もやい』のとり方、さらにダビット(カッターを吊り揚げる鉄柱)やロープの取扱いについて詳しい説明があった。

カッターをダビットから降ろす時も、ダビットに吊り揚げる時も、全員の呼吸が合わないと大変な事故になってしまう。ダビットに括ってあるロープを緩める際、ストッパーという綱でいったんロープを止める操作をするのであるが、ストッパーの掛け方を間違えると、ロープが滑ってカッターは落下し、ロープを持っていた者はダビットの止め金に挟まれて指の二、三本無くすこととなる。その他、ロープの束ね方、儀式の場合の飾り方、滑車の扱い方など、少しの不注意も許されないと、しっかり体に叩き込まれたのである。

 

余談になるが、ここでストッパーというものの別の意味での恐しさを説明しておこう。ダビットに付いているストッパーは、カッターを吊り揚げるロープと同じ太い麻綱で長さ一メートル余りある。これを海水に漬けておくと鉄のように固くなり、殴るのに最も適した道具に早変わりする。これでやられるのは数ある制裁のうちでも最高の恐怖の部類に属し、『ストッパーを食らった』とは、この制裁をうけた意味であり、新兵たちを震えあがらせたものである。

カッターといってもたかがボートではないか、少し大きいが漕ぐくらいたいしたこともなかろうと思っていたが、実際は大変な苦しみである。

『かい』は樫の木のような固く重い材質で出来ており、腕よりも太く長さ四メートル余り、そのうえ手元の所に鉛が数か所打ち込んである。

カッターに乗り込むと、まず漕手座(一枚板の座席)に腰を掛け、といっても板の端に尻をちょっと付ける程度にする。これは、体をいっぱい反ったとき漕手座の板全部のご厄介になるためで、漕ぐとき以外は遠慮して座る。

「かい用意」

各員一斉にかいを持つ。

「かい立て」

一斉に重いオールを真っ直ぐに立てる。

「かい備え」

ガタンと落とさないように、長くて重いオールをゆっくりと降ろし、かい座に当てて姿勢を正す。

「用意」

体を前に屈め、腕をいっぱい突き出す。

「前」

全身の力を込めてオールを引き寄せ後ろいっぱいまで反る。続いて直に前に屈み、また力一杯後ろに反る。後頭部が後ろの座席に着くまで反り、前にはいっぱいまで体と腕を突き出す。実際に全力で漕いでいるかどうかはオールの動きぐあいで分かるらしく、少しでも力を抜くとすかさず爪竿(ボートフック)が頭にとんでくる。教班長の吹く号笛に合わせて、一まい、二まい、と漕ぎ進む。全員の呼吸が揃わないと、オールを流されたり前後のオールとぶつかってしまい、そのたびに爪竿でゴツンとやられるのだ。

こうして三時間程へとへとになるまで漕がされたあげく、最後の仕上げは各教班ごとの競争となる。一列横隊に並び、先任伍長の旗を合図に十二隻のカッターは一斉に漕ぎ出す。声を張り上げる教班長の目の色が殺気立ってくる。『かい』を持つ新兵たちも命懸けだ。もし、この競争で六位以下にでもなったものなら、次の食事が危なくなる。飯と名誉にかけて全力で漕ぐのであった。

あるとき、この競争において十位になったことがあった。皆は懸命に頑張ったが負けたのだと、夕食は半ば諦め教班長のお説教と特訓を覚悟していたが、

「今日のカッターでお前たちはよくやったぞ。結果は悪かったが、本当なら二、三番の成績である。今日使ったカッターはダビットに揚げてあったものではない。何日も前から海に浮かべてあったものが我が班に当たったのだ。皆飯を食え」

恐い教班長からなぐさめられたことが嬉しかった。怒るばかりでなく、見るべきところはやはり見ていたのだと、教班長の暖かい気持ちがよく分かってきた。