わが青春の追憶
駆逐艦敷波

一番砲伝令

 丨丨丨・・丨丨丨・・丨丨丨 丨丨丨(訓練配置につけ)

 ・丨丨丨(電流送る)

 ・丨丨丨・(電流送った)

 丨丨・・丨丨(合戦準備昼戦に備え)

 丨・・丨丨(左砲戦)

 ・・・丨・(撃ち方始め)

 ・丨・・(撃ち方待て)

 ・丨・・・(撃ち方止め)

これは砲術戦に使われるブザーの信号と号令の一部であるが、この砲戦の指揮は砲戦指揮所(トップと言っていた)にいる砲術長から発令され、中継所(砲戦指揮中継所と言って、複雑な射撃諸元を計算する所)で一旦受け入れた後、修正されたデータは、号令とともに各砲へ電流として伝えられるのである。号令伝達は、電話とブザーによって聞く方法と、測的諸元のように係数的なものは砲側の計器盤に直接電流として伝えるものとがある。

私に与えられた戦闘配置の一番砲伝令とは、中継所から電話で伝えられる号令と、ブザーの信号を間違いなく砲員の皆さんに大声で知らせることである。さらに砲側照準(トップや中継所が故障したときに、砲塔内にある照準器で直接的を狙って射撃すること)となった場合に、距離盤を操作することであった。

最初のうちはヘマばかりして、砲員の連中だけでなく中継所の伝令からも叱られていた。そのたびに前任者の山田三水からは殴られ怒られ、ますます緊張して戸惑っていた。

なにしろ専門用語が分からないうえ、復唱する言葉が決まっている。それに三砲塔との電話連絡は中継所からは同時にできるが、復唱は一番砲から順次しなければならないのだ。さらに砲塔内は狭くて動きにくい。伝令の位置はいちばん奥にあるので、訓練で配置に就くときなど真っ先に砲塔に入らないといけない。遅れて入ろうものなら、砲塔が旋回し始め砲身が動き出し、砲尾兵員の邪魔になって叱られる。二、三発殴られ後、胴がやっと潜れる穴を這い抜け、ようやく伝令の配置に就くことができたころには電話機がけたたましく鳴っている。

「馬鹿者、早く受話器を取れ」

砲員長から怒鳴られ、レシーバーを頭に掛けたとたんに、

「一番、なにをしていたんだ、遅いぞ」

「ハイ、すみません」

「何を言っているんだ、一番配置はどうか」

「ハイ、一番配置よし」

「ハイはいらない、気を付けろ。電流送る」

「一番よし」

「電流送った」

「一番電流よし」

その途端、旋回手の上田兵曹から頭に一発やられる。

「シバ、どこを見て電流よしだ。ここの表示灯を確認してから復唱しろ。いいかげんなことで戦争に勝てるか」

「ハイ、気を付けます」

「馬鹿、電話機に着いたら余計なことを言うな」

と、散々である。

「右砲戦、右九十度、敵艦隊」

ゴーッと、砲塔が大きく旋回し、二つの砲身がググーッと仰角する。緊張した空気が砲塔内に漲ぎり、伝令である私の次の号令を待っている。

「撃ち方始め」

狭い砲塔内での激しい射撃訓練が開始される。五十口径、十二・七糎の砲といえば、大砲としては小さいほうだが、それでも砲尾の装置は相当な大きさである。

 

ではここで、軍艦が装備している大砲の種類について説明しておこう。糎は砲口の内径を言い、口径とは砲身の長さについて砲口内径を倍数で表したもので、五十口径とは十二・七糎の五十倍、つまり砲身の長さが六・三五メートルであるということだ。軍艦に搭載している大砲はだいたい四十から五十口径が多く、長い砲身で遠距離射撃ができるのである。

戦艦「大和」「武蔵」、 四十五糎砲。

戦艦「陸奥」「長門」、 四十糎砲。

戦艦「伊勢」「日向」、 三十六糎砲。

一等巡洋艦、 二十~二十五糎砲。

二等巡洋艦、 十五糎砲。

一等駆逐艦、 十二・七糎砲。

二等駆逐艦、 八糎砲。

対空駆逐艦、 十糎砲(高角砲)。

これらの大砲を大別して、二十糎以上のものを大口径砲、十五糎以下の砲を中小口径砲と言い、弾丸や装薬を大砲に詰め込む装填の方法が違っている。

大口径砲は弾丸一個でも人力では持てない重さである。従って、戦艦や重巡洋艦の大砲は動力で装填するのだが、軽巡洋艦や駆逐艦は総て人力で装填するのである。そして斉射間隔(発砲から次の発砲までの時間)は、大口径砲が十五秒のところ、中小口径砲は十二秒と短い。さらに対空戦闘になれば十秒と短縮されるのである。そのため狭い砲塔内において、斉射間隔十秒の操砲訓練が激しく行われるのである。

 

「敷波」一番砲の各員の配置と、それぞれの役目は、

砲員長  砲塔内全般の責任者、一曹、高等科。

旋回手  砲塔を旋回させる役、一曹、高等科。

射手   砲身を上下に動かす役、二曹、普通科。

照尺   距離盤を操作する役、伝令が兼務、三水、私の配置。

一番砲手 大砲の尾栓を開閉する役、砲尾の責任者、三曹または一水、普通科。

二番砲手 発砲直後の砲身内部を点検し、弾丸の後に装薬を込める役、二水。

三番砲手 弾丸を両手で抱え、砲尾に当てる役、三水。この役は力持ちがなる。

四番砲手 三番砲手が抱えている弾丸を、長い木の棒で砲身内に押し込む役、三水。

 

砲塔内は右砲と左砲に別れていて、一砲だけでこれだけの配置が必要である。人員は砲員長と旋回手と伝令だけは一人ずつであるが、連装砲だから他の配置は二人ずつとなる。冷房も暖房の施設もない狭くて暗い鉄の部屋の中において、十三名の若者たちは汗みどろ、油まみれになって毎日まいにち激しい訓練を繰り返すのであった。

この他に、弾薬庫員と運弾員もいるが、この役はたいてい特技章のない、善行章を二本も付けている古参の一水で、訓練はあまり必要のない配置である。

 

それでは、大砲の操砲とはどんなものか、簡単に説明しよう。

「訓練、配置に付け」

「番号」

「射」、「旋」、「尺」、「一」、「二」、「三」、「四」、

「右砲戦、右九十度、駆逐艦、撃ち方始め」

の号令で、操砲が開始されるのだが、なにしろ斉射間隔十秒である、敏速な動作が要求されるのだ。射程距離が一万メートルを超えると、砲身がグーッと仰角する。弾丸を装填するには砲身を水平に戻さなければできない。装填が済めば再び砲口を空高く向け、射手が操作する受信機の指針を、トップで狙っている指針に合わせないと弾丸は発射されない、これに二、三秒はかかってしまう。砲身を水平にしている時間内に装填するのであるから六、七秒しかない、このわずかな時間に次の動作をするのであった。

まず初弾が発射され、反動で砲身が後ろに下がる。前進するとき素早く一番砲手が尾栓を開き、自動的に高圧空気が砲身内に噴射して洗浄する。二番砲手は砲身内が洗浄されたことを確認して手を上げる。一番砲手が噴射空気を止める。一方、この間に四番砲手は濡れ雑巾で焼けている尾栓を冷却する。三番砲手が重い弾丸を両手で抱えて砲尾の口に当てる。四番砲手がこれを長い木の棒で力いっぱい砲身内に押し込む。二番砲手が装薬を挿入する。この間に一番砲手は電気雷管を尾栓に差し込み、尾栓を素早く閉め、発砲電路のスイッチを入れ、

「よし」

これまでの操作を六、七秒でやるため、砲員のチームワークがよくないと早く出来ない。そのうえ扱うものが総て鉄製品である。早く早くと追い立てられて、ガチャンとぶつけたら大変なことになる。鉄の摩耗や傷に注意しながら、何十回となく訓練が続けられるのであった。

訓練が進むにつれて、応用操作が加わってくる。

「二番砲手、戦死」

「四番砲手、負傷」

と欠員で操砲をやらされる。そのため、誰もが全部の役をやらねばならず、俺は伝令だから重い弾丸など持たなくてもよいなどとは言っていられない。

「電話機故障」

ともなれば、ブザーだけの号令となり、

「ブザー故障」

とうとう中継所まで走って号令を伝えるのであった。

戦闘は最後の一人になるまで戦え。艦が浮上しているかぎり、命のあるかぎり大砲を撃て、と人命尊重どころか死ぬことを名誉とした厳しい訓練が連日行われたのである。

その頃の軍国歌謡に、「月月火水木金金」という歌が流行していた。

 

 朝だ夜明けだ、潮の息吹

 うんと吸い込む、あかがね色の

 胸の若さが、波波なみに

 海の男だ、艦隊勤務

 月月火水木金金

 

土曜、日曜の休みもなく、娯楽もない艦隊生活は歌のとおりであるが、昇る太陽の如く明るく楽しく溌剌としたものでは決してなく、若い新兵にとっては悲しく辛い毎日であった。

私と同年の新兵で伝令になったのは、二番砲の井本という真面目な男であった。三番砲は半年先輩の三水だったが、この三名は、夜になると前甲板に並んで、水平線まで届けと大声を張り上げて発声訓練をさせられた。

「合戦準備夜戦に備え」

「左砲戦、左九十度、戦艦、一番艦を狙え」

「撃ち方始め」

「右よせ三、高め五、急げ」

「撃ち方待て、目標右に変え、右八十度、航空母艦、撃ち方始め」

声が小さいと何十回となくやらされる。隣に碇泊している「綾波」や「浦波」でもやっている。怒鳴る声が風に乗って時々聞こえてくる。

 

大砲の訓練には、操砲の他に照準演習というものがある。前に説明したように、艦砲の仕組みは、トップにいる射手と旋回手が目標を狙って引き金を引けば、三つの砲塔の六門の大砲は一斉に発砲するように装置されているので、砲塔内の者は目標を見なくて射撃できるのだ。それはトップの照準器に着いている発信機からの電流によって各砲の受信機に伝わり、砲側にいる射手は受信機の赤針(トップからの電流で伝えられる指針)に、白針(大砲の角度を表す元針)を合わせることで発砲電流が通じ発射されるのである。

この計器盤の赤針に白針を合わせる訓練を照準演習といって、毎日何回となく行われる。なにしろ小さな駆逐艦が猛スピードで疾走すると物凄く揺れる。だから目標を狙うために絶えず砲身を動かさなければならない。各砲の射手と旋回手は、計器盤を見つめ、ハンドルを回して針を合わせるのに大変な技術を必要とした。それだけに、皆真剣であった。

しかし、照準演習には全操砲要員の用はない。射手と旋回手だけの訓練であるが、伝令の私も配置について射手の補助をやらされた。トップで引き金を引くと計器盤に小さな赤色の表示灯がチカッと点く。砲身の角度を表す白い元針と合っていれば同時に青色の表示灯も点く。つまり大砲が発射されたということだ。この青色の灯が点くたびに「テー」と言って雑記帳に記録するのが私の役目であった。射手も旋回手も古参の下士官のベテランともなると、のんびりした訓練である。私など眼中になく、受信機のハンドルを握り計器盤を見ながら、大声で流行歌を歌っている。新兵にとってこんな楽な時間はなく、厳しい砲塔内でものんびりできることもあったのだ。