わが青春の追憶
開  戦

出動、南へ

昭和十六年十一月十九日、午前四時起床、前部員出港準備にかかる。カッター、内火艇はダビットに揚げられ、舷梯も引き揚げた。

午前五時、二点鐘を合図に、艦はブイから離れて静かに出港した。他の駆逐艦も動きだした。東の空が白くなり呉軍港の夜が明けようとしている。本日は天気晴朗、波静かである。

第十九駆逐隊は、まだ寝静まっている艦艇の黒い影の間を通り抜け、司令艦である「綾波」を先頭に、「敷波」「磯波」「浦波」と、隊列を組んで早瀬の瀬戸に向かった。

「水道通る、航海保安配置につけ」

狭い水道を通過する時は、舷窓やハッチを全部閉めてから、水兵員は全員上甲板に上り、防舷物と竹竿を用意して、艦が岸に触れて破損しないように防御体制をとるのである。

早瀬の瀬戸を無事に通り瀬戸内海に出た。風もなく、静かな海面を十二ノットの原速で滑るように進んで行く。時折小さな漁船が艦の前方を横切ろうとして、本艦の早いのに驚いては反転して行く。瀬戸内海の島々が緑に映えて実に美しい。

「総員集合、五分前」

航海中の総員集合とは何事だろうと、急いで前甲板に集まった。艦長以下全員の士官たちも集まってきた。緊張した顔つきである。

やがて艦長が台に上り、

「皆も覚悟していることと思うが、我々はいま完全なる戦闘装備を終えて呉軍港を出港したのである。大砲も実用弾薬を満載した。魚雷も実用頭部に取り替えた。他の装備も全て実戦準備が完了している。今からの行動は演習ではない。本艦はこれより戦地に向かって進んで行く。いつ何どきでも配置について戦闘できるよう心掛けて欲しい。戦地に行っても日頃の訓練の実力を生かし、海軍軍人として立派に戦ってくれ。我が十九駆逐隊はこれから海南島に向かって航海する。航海中は第三警戒配備とし、実戦と同様の訓練をしながら南方に進むが、皆も軍人として最後まで立派に働いてくれることを期待する。終わり」

艦長から、戦地行きの発表を兼ねた訓示を聞いて、誰しも興奮したようである。

だが想いは様々であろう。戦争体験者も居るであろうが、多くの者は未経験者と思われる。独身者も居れば妻帯者も居る。それぞれ複雑な気持ちのようだ。しかしながら、いま私たちは軍人として戦をする艦に乗り、戦場に向かって進んでいるのだ。もう引き返すことはできない。不満も愚痴も許されない。ただ命令に従ってついて行くのみであった。

豊後水道を通り太平洋に出た。四国の山々が遠く霞んで見えている。これで内地の景色は見納めか、祖国よ、そして我が故郷よ、さようなら。

「今から警戒航行に入る。艦内哨戒第三配備とせよ。なお各部所に防弾覆いを着けよ」

艦内哨戒には第一から第三までの配備が決められ、第三配備とは三交代で、一直を二時間勤務として、艦橋での見張り、測距儀、砲塔などに昼も夜も就くのであった。

手の空いている者は防弾覆いを着けだした。敵弾の爆発による被害を少なくするため、砲塔や魚雷発射管、艦橋の周囲に吊床を括り付けるのである。

吊床を付け終わると、今度は鼠色のペイントで塗装してカムフラージュする。艦の両横腹に書かれていたシキナミの文字も、駆逐隊の記号である艦首の十九の表示も既に消され、艦は鼠色一色となっていた。艦の区別 は二番煙突に記されている白線だけとなった。

艦隊は十八ノット強速で南に向かって一直線に進んで行く。少し風が出たのか波が高くなってきた。辺りを見渡したが陸地も島も見当たらない、ただ空と海ばかりである。艦はいま何処を航海しているのか分からないが、東支那海の内であることには違いないようだ。

見張りの当直として艦橋に上り、二十糎双眼鏡についた。一人の見張り員が受け持つ角度は六十度、この角度の範囲内については、絶対の責任をもって立たされるのであった。実際に見張りに立って感じたのであるが、見張りの重要性は当然のことながら、忍耐と不屈の精神がなければ勤まらない。眼鏡についたら二時間は一瞬の油断もできないうえ、見えるのは水平線と波ばかりで変化がない。目が疲れる、頭痛がする、気持ちが悪くなってくる。

それでもまだ昼間のうちはよいのであるが、深夜の二時間は本当に辛い。暗闇の中でも眼鏡では微かに見える。だが昼間の疲れでボーッと幻影が浮かんで見えるのはまだしも、立ったまま眼鏡について眠ってしまうことがある。そこは当直将校も心得たもので、ときどき眼鏡の前を手で塞ぐ、眠っていたのでは気がつかない。

「馬鹿者、眠って見張りが勤まるか」

と、二、三発やられれば、他の見張り員もハッとして三十分は大丈夫、といった具合であった。さらに深夜の海上は冷たい。二時間夜風に当たれば体の芯まで冷えてしまう。吊床に入っても寒くてなかなか眠れない。どうやら暖まって寝たところで、四時間過ぎればまた起こされる。一夜に二回の配備は辛いものであった。

見張りの配備は艦橋だけではない。駆逐艦には測距儀が二メーターと三メーターの二基あって、ここでも見張りをやっているが、これは測的術の特技章をもっている者の配置である。

我々三水が配置される場所として、艦橋の他に鳩ノ巣という所がある。

鳩ノ巣とは、マストの上部に取り付けられている見張り用の箱が、鳩ノ巣に似ているところからこの名前が付けられたのだそうだ。

羅針艦橋の高さは水面から十五メートル。マストは艦橋よりさらに十五メートルほど高い。鳩ノ巣はマストの上部に付いているので、二十五位の高さになる。

艦橋の後ろにある旗流甲板から細い鉄梯子を登っていく。マストの鉄柱が一本になるところからは、細く短い足がかりが付いているだけなので、マストにしがみつくようにして登る。波の大きい時など空中を振り回される。下を見れば本艦は遠くの方に小さくなっており、自分は海の上だ。ウワーッと夢中でマストにしがみつく。さらに見張りの交代のときが危険だ。一本のマストの途中で人の入れ替わりをするのは、空中サーカスみたいなものだ。だが鳩ノ巣に入ってしまえば危険はなく、一人だけだから呑気なもので、グラーリ、グラーリ、と揺られながら双眼鏡で海面を見張り、時々、「異常なし」と伝声管で艦橋に報告すればよい。

 

こうして艦内哨戒を続けながら、十九駆逐隊は休まず一路南に向かって進んで行った。海は広い、行けども行けども見渡す限り海と空だ。

一昼夜過ぎると、冷たい風が暖かくなってきた。三日目には、もう居住区内では暑くて事業服を脱ぐ者が出てきた。

「防暑服に着替え」

半袖、半ズボンの防暑服はやはり涼しい。シャツも袴下も着けず、褌に防暑服だけという服装だ。体が軽くなった。しかし毛ずね丸出しでは軍人らしくない。しかし、太陽が高く昇るにつれて物凄い暑さになったので、文句を言う者はいなかった。

空は碧く晴れわたり、空気が澄んでいる。日差しが強く、海面からの照り返しで眼が痛い。水が奇麗だ。海中の様子が手に取るように見える。遠い南方の海域に来たのだという実感が湧いてきた。