わが青春の追憶
開  戦

おおいなる輸送船団

呉を出港して以来何事もなく穏やかな航海を続けてきたが、四日目の昼ごろ大きな湾内に入って投錨となった。

ここが海南島のサンアという所だと知ったのは、投錨後三時間も過ぎてからのことであった。初めて外国に来たのである。だが陸地から五、六千メートルも離れていては、陸上の様子は分からない。勿論上陸などのはずもない。しかし内地と違って、辺りの景色の鮮やかな明るい景色は目を見張るばかりだ。

一点の雲もない大空は、全面紺碧に輝き、きらめく太陽の光りは焼け付くように熱い。その強い光線の先端は、海底までも照らしているようだ。風はなく、空気が熱い。上甲板に立っているだけで汗が流れる。故郷の夏とは比較にならないほど暑い。しかし空気が乾いているのか、不快な気分ではなかった。

海水が奇麗だ。南方の海は黒潮と違って透明度が高い。水深十メートル位まではっきりと見えている。名も知らない大きな魚が群れをなして艦の近くを泳いでいる。珍しいクラゲが水面の波間に浮かんでいた。直径一メートルもあるタライのような大きな奴が沢山いた。とにかく外国に来たのだと、感激を新たにしたのである。

艦が碇泊すると、早速航海中にできなかった艦内整備や兵器の手入れなどで、三等水兵たちは振り回されたが、夜の整列も毎夜忘れずにやられていた。

だが艦内生活は内地と違ってきた。なにしろ艦全体の鉄板が焼けて何処に居ても暑い。夜になっても居住区の中は蒸し風呂のようで、とても寝れたものではない。

着ている服は汗でグシャグシャだったが、汗が出なくなると今度は乾いてゴワゴワだ。汗を流してさっぱりしたい、洗濯も、入浴も。だが余分な水は一滴もないのだ。しかし、そこはよくしたもので、南方においては、一日に一、二回は必ずといってもよいほどスコールという凄い夕立ちがやってくる。このスコールが入浴と洗濯を満たしてくれる。

 

海南島のサンアに投錨して既に十二月に入っていたが、一向にこれといった動向もなく、戦地に来ている様ではない。

ときおり原住民が、小さな丸木船に果物を積んで艦まで売りに来る。売るといっても日本貨幣は通用しないので、品物との交換であった。バナナ、パイナップル、パパイヤ、マンゴ、ドリアンなど、見るのも初めてといった珍しい南国の果物を、たくさん小舟に積んで来るのだ。交換物件は、手拭い、石鹸、空缶、空ビンなどである。喜ばれたのは空缶やサイダー瓶に入れた石油で、バナナ、パパイヤなどをたくさんくれた。原住民は人の良い正直者で、交換物件に見合う果物を必ず投げてよこす。不足したときは陸地まで急いで取りに帰り、絶対に裏切ることはなかった。

十二月五日午後、やっと十九駆逐隊は錨を揚げて航海を始めた。南方の海上を何処に行くのか、さして気にもせず警戒配備についた。

夜になって航海長から星座について話を伺った。

「あれがオリオン座、こちらに見えるのが南十字星だ。北の北極星に対して南十字星は南極を指している星だからよく覚えておけ」

きらめく星空の下を、艦隊は静かに航海を続けて一夜が過ぎた。

明るくなってきた海上に目を向け、アッと驚いた。いつの間に、何処から現れたのか、大船団が目前の海上一面に浮かんでいたのである。

一万トン以上の大型商船もいれば、旧式の小型貨物船もいる。前方の水平線から後方も見渡す限り、船、船、船である。おそらく五十位はいるであろう。旧式の船は石炭を焚いているのか、煙突から黒煙を吐き出して悠然と航行している。そのため新鋭の商船は、これに合わせてゆっくりと進んでいる。

「日本の商船が全部集まったようだな、いったい何を積んでいるんだ」

「陸さん(陸軍兵のこと)が乗っているぞ。これゃあ何処かへ敵前上陸をするつもりか」

「我々駆逐隊は、この輸送船団の護衛にきたのか」

「いや、駆逐艦だけではないぞ。巡洋艦も戦艦もおる。いよいよこりゃあどえらいことが始まるらしい。皆覚悟しろよ」

下士官兵には作戦のことは全く知らされないので、みんな勝手に想像して心配していた。いったいこの大船団は何処に行くのだろう。海南島からさらに南下しているようだから、中支や南支ではなさそうだ。

それにしても船団の航行速度が遅い。十二ノットで動いている駆逐艦は、船団の周囲を行ったり戻ったりして護衛している。うろうろしていれば敵側に見つかってしまいそうだ。

「おい、奴さんたちの船足がこんなに遅くては、敵地に着くまでに戦いは終わってしまうぞ。誰か速度をあげるように言ってこい」

「おう、いま俺が商船たちに言ってやった。汝前進なりや、後進なりや、と」

「それで、返事はあったか」

「我、前進全速六ノットなり、とな」

下士官連中の冗談話を聞きながら朝食をすませ、後片付けをして見張りのため艦橋に上がった。

眼鏡について輸送船を見た。なるほど陸軍の兵隊を満載だ。本艦が近づくと、救命胴衣を着けた陸軍さんたちが手を振っている。山野においては鬼の陸軍であっても、洋上では心細いのであろう。小さな駆逐艦でも頼りにされていると思うと、新兵ながら働き甲斐を感じたのであった。

もしも、あの陸軍の兵隊の中に、豊橋の歩兵第十八連隊の人が乗っていたら、故郷の誰かが居るかもしれない。無事に目的地までと、心のうちで武運を祈った。

突然、緊急ブザーが鳴った。

スワ敵襲、と一番砲塔に駆け込んだ。

「右六十度、漁船、一番砲のみ砲撃用意」

素早く実弾が装填された。

「臨検要員集合、一カッター用意」

支那人の漁船に出会ったのであった。我が輸送船団の行動を発見されれば、たとえ小さな漁船であろうと、作戦が敵軍に知られる恐れがある。本艦がその処置を命令されたのであろう。速力を上げ隊列から別れて漁船に近づいていった。

艦橋では信号兵が発光信号と旗流信号とで、盛んに停船命令を送っている。だが漁船には通用しないのか、一向に止まる様子はない。樹木の皮で造ったような帆をいっぱい張って悠然と進んでいる。それならと、漁船の直前に機銃弾を一発打ち込んだ。驚いたように急いで帆を下ろして停止した。エンジンも付いていない小さな木造船に、支那人の漁師が三人怯えてすくんでいる。一人は十五、六歳の少年のようだ。

カッターが降ろされ、掌砲長を指揮官とした臨検要員が漁船に向かった。手を合わせて哀願している漁師の間をあちこち調べていたが、結局、心配していた無線装置などは持っていなかった。水桶の中に磁石を浮かべただけの簡単な方向盤だけで、五十里(約二百キロ)以上も沖合いに出て漁業をしているらしく、この盤を壊しただけで引き揚げてきた。それにしても支那人の度胸のよいのに感心した。たった三人だけで、しかもこんな小さな木造船に乗って遠洋漁業をやるとは。無事に故郷へ帰れるよう祈って漁船と別れた。

こんなことがあっても、輸送船団は黙々と航海を続け、十二月七日の夜が訪れたのである。風はなく静かな海だ。星空が美しい。

「配置に就け」

それっと、砲塔に飛び込んだ。

「今から敵地に潜入する。いつでも戦闘できるよう配置についたまま休め。なお灯りの漏れている個所はないか、灯火管制を厳重にせよ」

我々はいま何処に向かっているのか、いまから何が起きようとしているか分からないが、大船団と共に暗夜の南方海上を静かに進んでいった。