わが青春の追憶
開  戦

大東亜戦争と称す

汽缶の音が力強く響き、艦は波を押し分けて大海原を南へ進んで行く。砲塔内は緊張したまま何時間か過ぎた。

突然、頭上のブザーが信号を送ってきた。

・ーーー (電流送る)。

「今から我が輸送船は上陸の体制に入る。いつでも発砲できるよう各砲装填せよ」

サッと、実弾と装薬が装填された。いよいよ目的地に着いたようだ。艦の速度が遅くなった。

「敵地に着いた。全員鉢巻きをしめろ」

砲員たちは更に緊張して、艦内帽の上に手拭いで鉢巻きをした。いったい我々は何処に来たのであろう。外の状況はどうなっているのかわからないが、おそらく敵前に上陸しようとしているのではないか。数分が過ぎた。

「右砲戦、右九十度、陸地」

砲塔が右に大きく旋回する。砲身もググーッと仰角して目標を定めた。

「撃ち方始め」

辺りの静けさを破って初弾が発射された。後は無我夢中で装填を繰り返し、十斉射ほど撃ち続けた。

「撃ち方待て」

「全員に告ぐ。我が輸送部隊は、いまマレー半島の中央にあたるコタパルという所に来た。現在、輸送船団の陸軍兵は敵前上陸を敢行している。敵の襲撃に備えて艦内哨戒第一配備とする」

私たちは、いつの間にかマレー半島まで来ていたのだ。支那事変の戦線ではないように思える。敵は何処の国であろう。

艦内哨戒第一配備とは、全兵員が配備に就くことをいい、戦闘体制に入ったとの意味である。第一配備に交代はない、しかも配置を離れてはいけないのだ。だから食事も戦闘配食となって、乾パンとミルクが砲塔まで配られるのであった。ただ用便だけは、交代で一人ずつ行くことを許される。その際に外の様子を見て知らせてくれる。

「いま陸さんたちは上陸しているようだ。陸上では激戦らしいぞ、陸軍も大変だな」

外の状態を見てやろうと、照準器の前窓を少し開けてみた、既に夜が明けていた。静かな海上に輸送船が停止している。陸地は何処だろう。

「柴田、もう少し窓を開けてみろ、艦橋に気付かれないようにな」

小さな鉄の窓をソーッと開けた。

「お、陸地が見えたぞ。だけど戦いはどうなっているんだ。我が陸さんは勝っているんか、それともやられているのか、よくわからんな」

陸地が見える、マレー半島が、コタパルが。海面に平行した低い緑の土地が長い線となって続いている。山も丘もない平坦な地形だ。海岸には大きな樹木が鬱蒼として、奥はジャングルになっているようだ。市街地らしい建物も塔も見当たらない。一面のジャングルの中に、チカッ、チカッ、と閃光が走る。我が陸軍の発砲と思われるが、戦局は分からない。

敵航空機の来襲と水上艦艇の襲撃を予想していたが、一向に何の変化もなく護衛艦は輸送船団の周囲を航行しているだけであった。

戦闘配備に就いているときは、私のような新兵であっても重要な役目である。日頃威張っている主計兵たちは、弾薬運搬の応援をするくらいだから、食事の時には支度も片付けもやってくれる。有り難いものだ。

 

やがて陸軍の上陸作戦は成功したのか、輸送船団が動き出した。実に悠然と黒煙を吐きながら。

「各員に告ぐ。ただ今東京からの電報によると、十二月八日本日、帝国陸海軍は米国、英国に対して戦いを宣告した。陸海軍将兵は全力を奮って交戦に従事し、国家の総力を挙げて征戦の目的達成を期せよ。なお、この戦争を大東亜戦争と称す。さらに帝国海軍機動部隊は、本日未明ハワイの真珠湾を襲撃して多大の戦果を挙げたのである。各員は東亜永遠の平和と、皇国の栄光のために、奮励努力せられんことを願う。終り」

戦争に突入したのであった。しかも世界の二大強国であるアメリカ、イギリスを敵国として戦うのである。この戦争で負けるとは思えないが、大変なことになりそうだ。それにしても、なぜ陸軍の大部隊をマレー半島に送ったのか、我々艦艇部隊もこんな所にいてよいのだろうか。

 

こうして、大東亜戦争という巨大な機械のスイッチが入り、勢いよく歯車は回転を始めたのであった。もう誰にもこれを止めることはできない。

「支那事変にしては変だと思ったら、とうとう始まったな。死ぬときゃ一緒だ、お互いしっかり頼んまっせ」

「ハワイ攻撃は空母がやったらしい。いつの間に行ってたんかな」

「この輸送船の護衛作戦も大規模だから、ハワイ作戦には大艦隊が出撃しているぞ」

「やい貴様ら、戦争になったんだ。いつ死んでも恥ずかしくないように、褌は新しいのに換えておけよ」

日の丸鉢巻きを締めた兵員たちは、開戦の話に持ちきりであった。

船足の軽くなった船団を護衛して、コタパルを後に、艦隊は焼け付くような大海原を進んで行った。