わが青春の追憶
開  戦

新兵と戦争

コタパルへの陸軍輸送作戦を無事に終えて、意気揚々と引き上げる途中、英国の主力艦隊がシンガポール沖に現れたとのことで、これを撃滅せんと勇躍して向かった。その時は台風でも接近していたのか、南方の海上は珍しく時化ていた。敵艦に向かって出動のため、荒れ狂った海にもかかわらず高速航行で進んで行った。海に慣れ、航海に自信を持ったものと思っていたが、この時には全く参ってしまった。上甲板は怒濤に洗われ、居住区は蒸し風呂のように暑い。そのうえ錨鎖庫から噴き出す蒸気が、油を含んで嫌な臭いとなり気分が悪かった。

こうした難儀な航海を二日間も続けて進撃したものの、敵艦隊の姿を見ないうちに勝負はついたらしく、全艦引き返したのである。後で知ったことだが、この戦いは『マレー沖海戦』と呼ばれ、英国戦艦プリンス・オブ・ウェールズと、巡洋艦レパルスを、海軍の一式陸上攻撃機が撃沈させた戦いであった。これは飛行機が戦艦を沈没させた、世界で初めての海戦だった。

このように開戦以来慌ただしい行動と、次々入電される戦況のニュースに、兵員たちの士気はますます揚がったが、その反面 、今後我々はどうなっていくのか不安な気持ちも隠せない。

戦争に突入してここ数日は、敵艦から砲撃を受けることもなく、また敵機の空襲に遭ったわけでもない。それでも配備は依然として戦闘体制である。服装は事業服に艦内帽、日の丸鉢巻きをしめて脚半着用と厳しい姿である。寝るのは戦闘配置で腰を下ろすだけ、洗面もしていない。張り切っている心積もりだが体が疲れて頭もボーッとしてきた。

だが、今は戦争という大きなエンジンが勢いよく回転を始め、その強い力に押し出されて最先端の一部品として、敵と戦うために死を覚悟で最前線に来ていることも事実である。命を捨てて祖国を護るために軍艦に乗ったのであるが、兵員それぞれに気持ちは複雑なものがあったようだ。

「こんなブリキ張りの駆逐艦なんか、大砲でも爆弾でも、一発食らったらお陀仏だぞ。何処に居ても助かりっこないからな」

「駆逐艦は消耗品だとよ。だから艦首に菊の御紋章が付いてないんだ」

「俺たち下士官兵は消耗品以下だぞ。一銭五厘の郵便ハガキで、なんぼでも召集できるからな」

「消耗品のブリキ船に一銭五厘の兵隊か。死ぬときゃ新兵も下士官も同じだ。お互いしっかりしようぜ」

というわけで、いつ死ぬかもわからない。無闇にいじめるのは可哀想だと思ったのか、開戦以来半月ほどの間、一度も夜の整列はなかった。そればかりか叱られることもなくなり、ビンタ一つも殴られなかった。

更に甲板掃除も至極簡単に済ませ、交代で配置に就く以外は食事の支度と片付けだけ。あとは体を休めるため、椅子かテーブルの上で寝ているだけである。だから私たち新兵にとって、戦争とは全く有り難いものであった。(その時は本当にそう思った) 

毎朝十時頃になると、無線で受けた新聞電報が通路に貼り出された。

・マレー西海岸ペナン島攻略

・ミンダナオ島上陸、ダバオ占領

・皇軍、香港島攻略

・シンガポール連爆

・海軍航空隊シンガポール大爆撃

戦況は、明るい情報ばかりが日を追って伝えられた。どの作戦も大勝利の報道である。しかも日本軍の損害は殆ど知らされない。その上我々も作戦に参加しているとはいうものの、敵の姿を一度も見たことはなかった。

次の作戦は、マレー半島の中央部にあたるシンゴラという所に陸軍の大部隊を護衛して送り込んだが、この時も戦闘無しで、平穏無事に引き返したのであった。

ところが、いつ死ぬかとの恐怖が遠のいてきたときから、元の哀れな新兵に戻ったのである。いやむしろ以前よりも厳しい地獄の世界に変わってしまった。

たまたま艦隊は、仏領インド支那のカムラン湾という静かな未開の湾に投錨して、次の作戦の準備待ちとなった。

 

その夜、久し振りに役割から整列がかかった。

「この頃貴様らは全くたるんどる。戦争になったから、ちょっと遠慮して黙っておればいい気になりゃがって。暇さえあれば寝ているとは太い奴だ。こんなことで戦に勝てるか。今からしっかりと気合いを入れてやるから覚悟しろ」

と、『前支え』を三十分間もやらされたうえ、ストッパーを食らった。開戦から半月間の極楽は一変して以前の地獄の新兵に戻ってしまった。

その時の『前支え』はきつかった。艦は碇泊していても外地のため缶を焚いている。缶室の上の甲板は熱く、体重を支えた手が赤くなってヒリヒリしたが、それでも誰も泣き言をいう者はいなかった。

それからというものは、航海中であろうと警戒配備中であろうと、容赦なく整列がかかり、新兵たちにとっては痛く苦しい毎日であった。見張りに就いていても、砲塔で配備に就いていても、罰直の済んだ者が交代に来るようになった。

「柴田、交代に来た。整列がかかっとる。俺はもう終わったからお前ゆっくりやられてこい。今日もきついぞ」

「また整列か。今日は何でやられた」

「ストッパー五つだ、こたえたぞ。覚悟して早く行ってこい」

といったように、当直勤務を代わってまで、公平に殴られるのであった。だから新兵にとっては、戦闘で非常配備に就いているほうが楽で、警戒配備では罰直を受けながら航海を続けるのであった。

明日は強敵に遭遇し、激戦で生命を失うかも知れないが、その心配よりも今のこの苦しみにどれだけ耐えれるかが、戦時中における新兵の実態であった。敵艦からの砲撃や、敵航空機の爆撃による恐怖よりも、ストッパーや直心棒に震えながら、今日も一日、生きるために耐えることができたのだと、寂しい気持ちで故郷を想い、南の星空を一人眺めるのであった。