わが青春の追憶
砲術学校

居眠り当番

砲術学校の一日は、起床(毎朝猛烈な吊床訓練が必ずあった)、体操、洗面、食事、掃除(甲板拭いの『回れ回れ』は、特別に辛かった)など、早朝から振り回され、疲れたころ勉強が始まるという日課である。

勉強の方はだいたい午前中教室において学課の講義を受け、午後は実物の実技訓練を徹底してやらされ、夕食後に温習(自習のこと)時間が二時間ほどあった。

砲術学校で使用される教科書は、全て軍極秘の印がついてる赤表紙の本であり、授業を受ける教室に入ってから手渡され、授業が終われば取り上げられてしまう。

また、講義を記録したノートも薄赤色の表紙で、秘密文書となっていたので、授業が終われば教員が集めて書庫にしまい鍵を掛けてしまう。だから私のようにじっくりと時間をかけて勉強しなければ身にならない者には、全くお手上げだ。消灯後、便所の中で暗記しようにも、教科書もノートも無くてはどうしようもない。夕食後行われる温習の時は、自分の書いたノートは返してもらえるが、他の用紙に写したり教室外に持ち出してはいけないのだ。

だから授業中は誰もが必死になって記憶しようと努力するのだが、悲しいかな肉体の方がついていけない。

なにしろ、早朝から怒鳴られ追い回されて身体はくたくた、一分間でも静かにしていれば立ったまま眠ってしまいそうだ。教室に入って椅子に腰かけるだけで眠くなる。大切な講義を聞き漏らすまいと、目に力を入れているのだが駄目だ。

学校の成績は、今後の進級や配置の良否に及ぼす影響が大きい。一度もお茶を引かずに下士官になるには、この学科で頑張らないと、と誰もが死に物狂いの競争になる。だが気力だけでは目は開いていてはくれない。

いろいろと苦心したあげく、腿をつねっている者、指を歯で噛んでいる者、中にはメンソレータムをそっと取り出し、他の者に気付かれないよう目の縁につける者、元気の良い奴は木綿針を五、六本束にして、腿に突き刺す者などが出てきた。その結果、指に歯形が出来たり、目が充血したり、腿から血の流れる者があって、とうとう教員に見つかりどの方法も止められてしまった。

「貴様たちが眠いのを我慢して勉強する気合いは分かるが、お前たちの体はお前たちのものではない。恐れ多くも天皇陛下のものである。国のために捧げるまで大切な体を傷物にするな。これからは禁止する」

私も昨日からメンタムを付けていたが、取り上げられてしまった。

「その代わり、貴様たちが眠った時に起こす役として、居眠り当番を付けてやるから、しっかり勉強しろよ」

授業が開始されて最初にコックリとやった奴が、教員から指名されて居眠り当番という役になるのである。指名された者はまず教壇に上り、居眠り当番の宣誓をした時からその任務が始まる。

「海軍三等水兵、大山和夫、只今から居眠り当番の職に就く」

教壇の端に立った居眠り当番は、講義を聞くどころではない。誰ぞ眠る奴は居ないかと練習生たちの顔を見回している。十分と経たないうちに誰かがコクリとやる。

「おい、お前だ」

と、眠った奴を見つけて当番を交代するのである。次の当番も宣誓をして眠る奴を見張るのであった。これではうっかり眠ったものなら勉強どころではなくなる。

的変距だとか、発砲電路、複雑な幾何学など、難解な教科の時は居眠り当番の回転が早くなり、交代するたびに目が覚める。 

目の覚める方法で、一番効果の上がるのは、

「お前たちは、眠たければいくらでも眠っていいぞ。今から俺が言うことは必ず試験に出る重要な個所だ。よく聞かなくてもいいから、ぐっすり眠っておれ」

こう言われれば、ハッと目が覚める。

昔も今もテストで苦労するのは同じだと思うが、厳しい環境の中でしぼられながらの勉強は辛い。その結果、成績が良ければ進級が早い。階級という身分の上下をハッキリと付けられた時代である。そして最後の目的は死を求められている。軍人として立派に散って行くために必死で勉強し、テストを受け、他に負けまいと競争するのだ。

 

それではここで、砲術学校における試験の様子を説明しておこう。

学科試験は一科目の授業が終わる毎に行われ、だいたい一週間に三、四回行われる。試験は兵舎ではなく教室に連れて行かれ、鉛筆だけ持って入る。海兵団のように手箱を机に、床に座るというようなことはないが、厳しい監視のもとに始まるのであった。

教室に入ったら話をしてはいけない。横や後ろを向いてはいけない。まず解答用紙が配られるが、手を触れてはならない。解答用紙はザラ紙の白紙が十枚クリップで綴じてあり、上に小さい細長い紙が付いている。その用紙に兵籍番号、等級、氏名を書き込むようになっている。その用紙と十枚の解答用紙に同じ番号が記入されている。

先任教員の合図で、氏名などを記入して待機する。やがてこの用紙を集めにきた教員に渡すと、手元に残ったのはただ右下の隅に小さく番号が記入されている十枚の白紙のみである。次に教員たちが問題用紙を裏返しに置いていく。まだ手を出してはいけない。

「試験、始め」

ソレッ、と問題用紙を取り上げ、一番目の問題に目を通して考え、一枚目の用紙に解答を記入する。二枚目の用紙には二番目の解答を記入するというように、十問題について解答用紙十枚を使って記入するのだ。たとえ簡単な解答で二、三行書くだけであっても、用紙は一枚使うのであった。

質素を旨とする軍隊において何ともったいないと思ったが、いずれの試験においても同じ方法であった。それは、採点に当たって、誰の答案か教員に分からないよう、公平を期するためであったと思う。

「試験、終わり」

サッと一斉に答案用紙を右手に持って高く上げ、集めにきた教員に渡せば試験は終わりである。

 

やれやれ試験は終わったし、ここらで一休みしたいところだが、のんびりとはさせてくれない。引き続いて次の科目の講義が始まるのだ。そして誰かが『居眠り当番』の職に就き、またしても睡魔との闘いが続くのであった。