わが青春の追憶
呉海兵団

軍人勅諭より、上官の氏名

青年学校当時、軍隊に入ったら軍人勅諭の暗記ができないと、二年兵から絞られると聞かされていた。事実、若者たちは徴兵検査が近づくと、誰もが、

「我が国の軍隊は、代々天皇の……」

と、長い文章を必死になって覚えようとしている姿を見てきた。

私も一応は暗記できるまでになっていたが、海軍ではその必要はなかった。それだけのエネルギーを他のことに使え、覚えなければならないことは沢山ある。そのつもりでしっかり勉強しろ、とのことであった。実際この軍人勅諭を覚え込むのは大変な苦労であったが、その内容は軍隊生活や軍務に直接必要なものとも思えなかった。

海軍四等水兵といえば勿論最低の階級であり、まだ等級マークもない水兵の卵である。だから我々以外の者は全部上官となる。

この上官たちの官職氏名を早く覚えてしまうことが、自分の身を守る手段の第一歩で、常に上官から質問されたときに答えられないと痛い目に合わされるのだ。それは海兵団だけではなく、艦船勤務においても同じであった。

呉鎮守府司令長官 海軍中将 日比野正治閣下

まだ一度も顔を見たことのない雲の上の神様みたいなおえらがたを始め、

呉海兵団長 海軍少将 畠山耕一郎閣下

呉海兵団副長 海軍大佐 太田実

四等水兵教育主任 海軍中佐 山田洋

第十五分隊長 海軍特務大尉 青木駒之進

第十五分隊士 海軍兵曹長 小池鈴一郎

先任伍長 一等兵曹 善行章四本 一名

分隊付 一等兵曹 善行章四本 一名

教班長 一~三等兵曹 善行章二~三本 十二名

分隊助手 一~二等水兵 二名

これだけの官職氏名は直ちに暗記しなくてはいけないのだ。

下士官や兵の順位は、階級よりも善行章の多いほうが威張っている。善行章は事故なく満三年勤務して一本付くのだから、四本も右腕に付いていれば十二年以上海軍にいたことになる。つまり軍隊で食った飯の数が多いほど偉い人として服従しなくてはいけないのだ。

このような偉い神様たちは、艦隊勤務となるとさらに多くなる。

連合艦隊司令長官を始め、第○艦隊、第○水雷戦隊、第○駆逐隊、○○機動部隊などの司令官。さらに自艦の艦長、副長、砲術長、水雷長、機関長、航海長、通信士などの他、掌水雷長、掌砲長、先任伍長、先任下士官、班長、役割たちである。新兵はどちらを向いても敬礼さえしていれば間違いないのであった。

敬礼といえば、海軍では上陸か外出のとき以外には、つまり隊内や艦内にいるときは、起床したときから朝食までの間は上官に対して挙手の敬礼を強要されるが、朝食がすめば敬礼の必要なしとのこと。我々新兵にとっては有り難い決まりである。だが、準士官(兵曹長のこと)以上の者に出会ったときは直立挙手の敬礼を強いられるのは陸軍と同様であった。

海兵団では、襟に金スジを付けている士官たちと我々新兵とは直接深い関わりはないが、とにかく常に六歩下がって最敬礼の気持ちを忘れてはならない。実際に恐ろしいのは善行章を付けている下士官や兵たちである。とりわけ要注意は善行章二本の一等水兵と善行章一本の二等水兵であった。

この恐ろしい神様たちに敬称をつけて呼ばないのは全く意外であった。

「第十教班長殿」

不動の姿勢をとり、挙手の敬礼と同時に叫んだが返事をしてくれない。声が小さいかな、こんどは大声で、

「第十教班長殿」

「なにい、もう一度言ってみろ」

さらに大声を張り上げたとたん、

「馬鹿もん、殿だけ余分だ」