わが青春の追憶
駆逐艦磯風

燃える輸送船

ラバウル湾口の警備を何事もなく終え、湾内に碇泊してしばらく休養することになった。

久し振りに、夕食後『武技遊戯許す』 となり、蓄音機を使用することができた。殺風景な軍艦内の兵員室に歌謡曲の音楽が流れ、女性の優しい歌声が響くと、張り詰めていた気がほぐれ、ホットすると同時に故郷を思い出す時でもあった。

「目ン無い千鳥」「湖畔の宿」「蘇州夜曲」、高峰三枝子や李香蘭の歌声が流れる。遠く赤道を越えた南の島で聞くメロディーは、どんなに私たちの心の支えとなったことか。部屋の隅で上官たちの靴を磨きながら、先輩たちがかけるレコードの一曲一曲を聞きもらさないよう大切に聞き、故郷を想いながら歌詞を覚えるのであった。

 

一夜、映画が上映された。各艦持ち回りの映写機とフィルムが届き、前甲板にスクリーンを張って、全員が楽しんだのである。

巡検後、久し振りに役割から整列がかかった。

「貴様たちはこの頃たるんどる。我々はいま戦地に来ているんだ。本艦は間もなく出撃するが、いざ戦闘となって気合いが入ってないと艦は沈没してしまう。いまから気合いを入れてやるから一人ずつ出てこい」

と、しばらくぶりにストッパーをくらった。叩かれた尻が腫れ上がって痛かったが、これも戦地にいる軍人として、しっかりするためにはやむを得ないものと思った。駆逐艦では一人の油断が全員を滅ぼすことになるのだ。

整列が終わってから私だけ残された。役割である寒林水兵長は、

「柴田、お前はよく働いているな。新兵よりも率先して動くことは認めるが、お前は新兵になめられているぞ。四班の堀内一水に使われているように見えるから気を付けろ、お前は上等水兵だぞ」

 

翌日の夕方、第十七駆逐隊の四艦だけ錨を揚げてラバウル湾を出た。

何処かの攻撃を終えて帰って来たのか、双発の陸上攻撃機が六機、編隊を解いて噴火山の麓の飛行場に降りていった。真っ赤な夕日が水平線に沈み、焦げつくように暑かった海上にも涼しい風がそよぎ、防暑服を通して心地よい。私が「磯風」に乗艦して初めての作戦である。何処に行くのであろう。

快晴の大空が夕闇に変わった頃、艦隊は十二ノットの原速から十八ノットの強速に速力を上げたようだ。四隻の駆逐艦は一列縦隊で、静かな海面を力強く押し分けながら、水煙を上げて一直線に進んで行く。警戒配備が一段と厳重になり、不安な予感が襲ってきた。

「艦内哨戒第二配備」

二時間二直の配備となり、私は二メーター測距儀の配置に就いた。夜間の見張りの二時間は辛い。その上二直交代では吊床を下ろして寝ることもできず、椅子かテーブルかチストなどの上に横たわるだけであった。それでも疲れているから死んだように眠ってしまう。二時間後の当直に間に合わないと大変なことになるため、当番に寝る場所を届けておき、交代の十分前に起こしてもらうのだが、なにしろ寝不足がちだ。五分もたたないうちに起こされていたような思いであった。

海軍では何処へ行っても日本時間が使われるので、遠い南方に来ていると時間の感覚が狂ってしまう。午前二時に夜が明けて、午後三時には日没となる。だから食事はもとより、寝るも起きるも変な時間のため、最初のうちは戸惑うことが多かった。

午前零時、見張り当直のため艦橋に上り管制機についた。夜明け前の空には星群が一段と輝き、澄み渡った明け方は特に美しい。南十字星が鮮やかである。

ふと、水平線上に小さな黒い影が眼鏡に映った。

「左三十度、船舶らしきもの、二〇〇」

「よし、そのまま見張れ」

黒い影がだんだんと近づいてきた、大型の新しい商船らしい。しかも三隻だ。

「発光信号を送っています」

「いま信号兵が受けている。あれは我が軍の商船だ。他を見張れ」

近づいて来た商船は、三隻とも最新鋭の大型船であった。速力も二十ノットは出ている。どうやらこの船団を護衛することが、我々十七駆逐隊の今度の任務らしい。商船たちの両側に添って警戒航行が始まったのである。

大空が明るくなり夜露が光るころ、当直を交代した。兵員室に疲れて戻ると、

「あの商船たちは何を積んでいるんだろう。陸軍さんたちは乗っていないし、上甲板にも荷物は見当たらないぞ」

「こりゃあ何処か危ない前線へ弾薬物資の補給だな。新型商船でスピードのある奴が選ばれたのだから」

「それに積み荷も満載ではなく、船足を軽くしている。敵さんの近くまで行くためだろう。この作戦は危ないぞ」

強い光の線を射るように太陽が昇り、海上は暑い風に変わった。さざ波からの照り返しがまぶしく目が痛い。一点の雲もない青空の下を、二十ノットの戦速で船団は休みなく進んで行く。昨日までの航海とは違い、緊張した警戒体制であった。敵の制海圏域に入ったのであろうか、さらに速力を増したようだ。汽缶の響きが激しくなった。

それでも午前中は何事もなく過ぎ、早目の昼食を交代で済ませた。第二配備のときは、私たち若い兵は食事の支度と片付けだけで、掃除も兵器の手入れも訓練もなく、寝台や吊床などは降ろさない。だから新兵にとっては、戦場にいる時の方が体は楽なのである。

当直を交代する時は舷門に集合して、副直将校から人員の確認を受けてから、それぞれの配置に就くのである。

 

午後になって、交代時間の五分前に舷門に整列していた。その時、

「配置につけ」

ラッパの響きと同時に緊急ブザーがけたたましく鳴った。ゴーッと汽缶の音が唸りを上げ、強い風が当たり出した。

私の戦闘配置は探照灯であるが、昼間は機関銃に就くのである。命令は艦橋に居る管制機長の福沢兵曹から発せられるのであった。

「機銃配置よし」

格納箱から弾倉を取り出して機銃に装填した。

「敵の偵察機に発見された。いつ攻撃されるかわからない。対空戦闘用意」

三隻の商船を中心にして、駆逐艦隊は両側から護衛する編隊をとり、全速力を上げて進みだした。上甲板にしぶきが上り、吹きつける風が激しくなった。

「敵編隊機来襲、左九十度、三十機」

伝令の叫びと同時に艦が左に梶をとり、ググーッと艦が右に傾いて隊列から離れた。

前方の上空に小さな黒点が見えてきた。艦橋からの知らせでは敵三十機と言っていたが、四、五十機はいると思える。海軍では数を報告する時、約を使わない。約三十を、百三十と間違えるからだ。

あれが敵機か。敵を眼前にしての戦闘は私も初めてである。冷静になろうと務めるのだが、やはり気持ちが高ぶり敵機から目が離せない。

空ばかりに気を取られていたが、艦はいつの間にか第五戦速(全速力)で敵に向かっていた。艦尾からは白い渦潮が甲板より高く吹き上がり、しぶきで後方が見えなくなった。

 

数十機の敵機が頭上に迫り、機種の判別ができるまでになった時、編隊を崩して攻撃体制に変わった。

グワーンと二番砲、三番砲が発砲した。物凄い閃光と爆風である。他の駆逐艦も一斉に砲撃を開始した。頭上では敵機を追う弾痕が空を覆い始めた。

敵機が各艦に攻撃を開始してきた。無意識のうちに引き金に力を込めた。もう大砲の轟音も耳には入らない、田中水長の指す敵機を夢中で射撃するだけである。

敵の一機が本艦の上空から急降下で迫ってきた。大砲と機銃が一斉射撃を浴びせる。敵機は勇敢にも弾幕の間をまっすぐに突っ込んでくる。だが敵機もこちらの砲火が怖いのであろう、爆弾を投下して反転する。敵機の腹下から黒い小さな固まりがポツンと見えた。

艦はそれを避けるべく『面舵いっぱい』の急旋回だ。

爆弾が頭上からまっすぐに私の居る方に向かってくる。本艦に命中する、どうしよう。

ヒューンと、不気味な音をたてて落ちてきた爆弾は、マストの先端をかすめるようにサッとそれて左舷至近の海面に落下して爆発した。

ガバーッ、と海水が太い柱となって吹き上がる。艦は猛スピードでこの水柱に突っ込んで行き、後部上甲板に居る私たちは全身ずぶ濡れになってしまった。

「柴田、ぼやっとするな、敵機が向かって来る、早く撃たんか」

田中水長にどやされてハッとした。

続いて向かって来た急降下も前と同様に爆弾が投下され、取舵急旋回。命中したかと思われたが、今度は右舷すれすれの海中に落ちて爆発。また頭から海水をかぶりずぶ濡れだ。

敵機の攻撃はいつまでも続き、次から次と急降下爆撃が繰り返され、大砲と機銃で集中射撃を浴びせた。艦はその度に右に左にと急旋回をして、敵機の攻撃を避けるのであった。

敵機が一機炎上して爆発した。続いてもう一機黒煙の尾を引いたまま海中に突入するのが見えた。

少し気持ちが落ち着いてきた。艦の行動に気を取られ、右だ、左だ、と機銃射撃に熱中して空ばかり見ていると、三十七ノットの全速力で驀進していても艦の行動がもどかしい。飛行機のスピードに比べれば、艦はこれでも進んでいるのかと思われ、もっと早く走れ、早く旋回しろと気が気ではない。さらに、大砲も早く連続して撃ってくれと叫びたくなる。

また敵機が突っ込んで来た、これでもかと夢中で引き金を引く。何発か敵の機体に吸い込まれていった。命中したのではないかと思う間もなく爆弾が見えた。敵機が反転して去っていく。「艦長、しっかり舵をたのんまっせ」とは心の中。ザザーッと海水の滝だ。やれやれ助かった。次はどいつだと身構える。度胸がついてきた。

 

敵機の爆撃が一段落すると、今度は機銃掃射の攻撃に変わった。海面すれすれに飛んできて襲撃するのだ。

遠方からダダ……と、海面を一直線に水しぶきをあげて機銃弾が迫ってくる。チュン、チュン、チュン、私の前と後ろ二メートルの近くを弾痕が通り過ぎた。続いてまた一機本艦に向かってきた。私も負けじと銃口を向ける。

機銃掃射を何回となく受けたが、幸い負傷者も出ず被害も無いようだ。

「おい、あれを見ろ、輸送船がやられているぞ」

敵機との闘いに夢中になっていて、護衛すべき輸送船がやられたのに気が付かなかった。輸送船は右前方三千メートルの所に一隻黒煙を上げて停止していた。他の二隻は被害もなく前進している。

爆弾が命中したのであろう。後部から炎を吹き出し黒煙が大空に広がって、辺りの海面を暗くしていた。乗組員は大丈夫であろうか。

近づいてみたが既に手の施しようもない、物凄い火災だ。鉄製の船の何処が燃えるのだろうか、近寄ることもできない。だが心配していた船員たちは他の駆逐艦に救助されていた。よかった。

太陽が水平線に隠れて夕闇が迫ってきた。辺りの海面を真っ赤に照らして輸送船は燃え続けている。容易には消えそうにない。駆逐艦たちは炎上している輸送船を残して、二隻の後を追いかけた。再び警戒航行で目的地に向かって進むのであった。

敵の哨戒飛行艇が我々に付いて来て、まだ水平線上をゆっくりと飛んでいる。いつまた攻撃されるかもしれないのだ。不気味な夜が更けていく。

 

突然、前方の空高く、ピカッ、と閃光が走った。その光源は強力な光りを発したまま消えることなく、空中を静かにゆっくりと落ちていく。さらに頭上でも光った、凄い照明だ。輸送船が海上にハッキリと見える。

「超光投弾だ」

「上空に敵機がいるぞ」

「くそっ、敵機が見えなきゃあ攻撃できん」

超光投弾は強い光を発しながら、空中をフワリ、フワリと落ちてきて、やがてスーッと消える。敵機は次から次へと投下していき、その度に夜空が明るくなる。三個も空中で光っていると、海上にいる船団も駆逐隊もはっきりと見える。不安になってきた。

しかし一向に爆弾は落ちてこない。上空には敵機の爆音が微かに聞こえる。居る、確かに敵機である。いったいどうする気なんだろう。

どうやら、こちらから敵機が見えないように、奴さんもこちらが見えないらしい。三十分ほど超光投弾を落としていたが、諦めたのか引き上げていった。

 

夕食とも夜食ともいえる食事が配給された。四枚の乾麺包に、湯飲み一杯のミルクである。空き腹だ、一枚ずつ乾麺包を大切に味わって食べた。

食事が済むと主計兵がヤカンと湯飲みを集めに来てくれる。我々新兵にとっては有り難いものだ。更に夜間の見張りに鳥目にならないようにと、肝油を含んだ飴玉が配られた。

今のうちに、少し休んでおこう。第一警戒配備中のため、休むといっても兵員室で寝るわけにはいかない。探照灯甲板で横になってみた。星空が実に美しい。明日も敵の襲撃を受けることは間違いないだろう。今後「磯風」はどうなるのだろう。

夜露に濡れて寝苦しい夜が明けた。強い日差しが海上を静かに映し出すと、昨日の惨劇を忘れたように船団は航行していた。護衛の駆逐艦も何事もなかったように進んでいる。だが敵の偵察機は相変わらず遠方の上空に姿を見せていた。

「俺たちは、今からラエという所に行くのだそうな、物資輸送のために」

「ラエとはどんな所か知らんが、最前線のそうとう危ないとこだな」

昼食になろうとした時、案の定敵機が来襲してきた。艦爆攻撃機は昨日よりも数が多く、激しい戦闘となった。爆撃、銃撃と連続して攻められたが、我が駆逐艦隊は必死の応戦をして、たいした被害もなく敵機を追い払うことができた。私も敵を目前にしての戦いに、だいぶ度胸と勇気がついてきたように思える。駆逐艦は艦長の的確な艦の操作で、爆弾を避けることができるのだ。

艦の運命は艦長を信頼するしかない。そして自分の配置に全力を尽くすことが兵士の務めであり、自分が生き残れる唯一の道である。一人の不満やサボリは全員の死につながるのだと、砲術学校で教えられたことが身に沁みて分かった。

目的地のラエに近づいたらしく、二隻の輸送船は全速力で航行しながら、積み荷を上甲板に揚げだした。双眼鏡で見ると荷物はドラム缶と木箱ばかりである。

「こりゃあラエは大変なとこらしいぞ、積み荷の陸揚はできないので、ドラムと木箱を海中に放り込んでくるつもりだ」

太陽が西に傾いてきた、まだ陸地の影も見えないが、ラエに近づいていることには間違いないようだ。

突然、

「対空戦闘、配置につけ」

いつの間に来たのか敵機が頭上から襲いかかってきた。今度は爆撃機だけでなく雷撃機も加わっている。急降下爆撃が始まった。こちらも速力を上げて砲戦体制をとった。

この戦いも敵機の爆撃を避けながら砲撃と銃撃で必死に闘ったのであるが、なにしろ敵機は大軍である、四隻の駆逐艦と二隻の商船に群がるように襲ってくる。

輸送船の一隻から白い煙が上り始め、白煙はすぐに黒煙に変わり大空を覆いだした。だが助けに行く余裕などない。

「磯風」は全力で爆弾を避け魚雷をよけながら、砲身も焼けよと交戦した。青白い魚雷の航跡が艦尾すれすれにサーッと通り抜けた。ホットする間もなく敵機が迫ってくる。炎上している輸送船に近づくことができないし、速力を落とすこともできない。

他の駆逐艦も同様に奮戦している。上空は弾幕でいっぱいに覆われ、爆音と砲撃音で耳は破れんばかり、言葉では言えない実に壮絶な光景である。これが戦争だ。瞬時のタイミングが狂えば魚雷命中、轟沈だ。小型爆弾でも駆逐艦に命中すればまず駄目であろう。

やっと敵機が引き上げていった。激しい戦闘も一旦休みとなり、燃えている輸送船に近づいた。

輸送船の姿は見るも無残なもので、船尾の方は既に海中に沈んでいた。浮上している部分は炎と煙に包まれて、どうすることもできず、手の施しようもない状態であった。

夕暮れの海面を真っ赤に染めて輸送船は燃えている。ただ一隻残った輸送船を護衛して進み出した。敵の制空権の中で全神経を使いながらの航海であった。

置き去られた輸送船の炎の色が、暗くなった海上にいつまでも見えていたが、だんだん小さくなりやがてポツンと消えた。乗組員も何人か死んだことであろう。「南無阿弥陀仏」。

 

夜半頃、やっと目的地であるラエに到着したのだが、真っ暗闇でどのような所か見ることもできない前線基地であった。

出発の時は三隻であった輸送船も、ここまで来る途中で二隻を失い、一隻だけという大きな犠牲を払った補給作戦となってしまった。それだけにラエで戦っている兵士たちは、苦戦していることであろう。

敵機が落とす超光投弾の光の下で、輸送船は積み荷を海中に投下していたが、一時間ほどで作業は終了した。しかし、無事に荷物を陸揚げできたのかどうか、私たちには知らされなかった。

この補給によって、ここで戦っている日本軍兵士たちが好転することを信じ、武運を祈りながら帰途についたのである。