わが青春の追憶
呉海兵団

新兵の一日

海兵団での一日の日課は、

「総員起こし、十五分前」

の号令がスピーカーから流れたときから始まる。 外はまだ暗い、兵舎内の電灯が一斉についた。寝不足の目を無理にあけて急いで起きる。といってもまだ服を着てはいけないので襦袢と袴下だけで用便をすまし、吊床内の毛布を整頓したり括り綱を整えて、次に襲ってくる吊床訓練の用意をしてから、もう一度吊床に入って寝たふりをする。

「総員起こし、五分前」

全員吊床の中で息をころし、次の号令がスピーカーから発せられるのを全神経を傾注して待機する。

「総員起こし、総員吊床おさめ」

ここで、一日の最初の戦闘が勇ましく開始される。つまり帝国海軍特有の吊床訓練という激しい競争が始まるのであるが、その様子は別に紹介しよう。

早朝から吊床訓練で汗びっしょりになり、続いて寸刻の余裕もあたえられず次の号令がとんでくる。

「全員兵舎外に整列、急げ!」

「宮城に向かって、拝礼」

「第一教から第四教まで体操、第五教から第八まで手旗、第九教から第十二教まで銃剣術。かかれ」

あらかじめ決められている当番が準備してくれた道具を持つ。

「駆け足、進め!」

まだ薄暗い団外練兵場において五十分ほど、決められた朝別科が行われる。

朝別科の次は、兵舎内の掃除である。

「回れ、回れっ!」

「ボヤボヤするな、もっと力を入れて早く拭かんか、ソレッ回れ!」

と広い兵舎の甲板をソーフ(麻のロープをほぐして作ってある大きな雑巾)を両手にしっかり持ち、端から端まで何十回となく這いずり回されるのである。しかも早く早く、腰が高い、気合いが足らんと追い回され、遅い者や乱雑な者は、樫の棒やブルームの柄で尻っぺたを殴られながら、へとへとになるまで続けられる。勿論、全員で行い一人の落後者も許されない。

起床してからここまで、急げ急げ、ボヤボヤするな、早くしろと責め立てられ、体が止まっているときは「気をつけ」のときぐらいで、その忙しいことといったらない。それも朝っぱらから何発か頂戴しながらである。

掃除が一段落すると、

「別れ、休め、顔洗え」

休憩になってもウロウロしていれば怒鳴られる。洗面も早々に、

「食卓番整列」

やっと朝飯にありつけることになる。各教班から四名ずつ出て中廊下に集まり、烹炊所まで食事をもらいに行く。残った者たちで、掃除のときビームに上げてあった机と腰掛けを定位置に降ろし、我が教班の食料が他の教班より一刻も早く到着するのを祈りながら待っている。

「総員、手を洗え」

食卓番が食器と食缶を持って走って来る。全員で素早く公平(?)に配食。

「第十教班長、第十卓配食よろしい」

教班長がおもむろに席に着くのを待って、新兵たちはテーブルの両側に腰を掛ける。

「食事」

新兵たちの一日はこうして始まるのだが、なにしろ息つく暇がない。朝早くから駆けずり這いずり、実によく動かされるので腹はペコペコ。箸をとるなり飲み込むように食べてしまう。

食事の前には殆どといってよいほど臨時特別教育をやらされるのだが、それは別に紹介しよう。

 

「課業始め、五分前」

一息つく間もなく兵舎前に整列。隊列を組んで練兵場まで速足行進。各分隊の新兵全員が集合したところで、分隊ごとに当直将校に報告する。

信号兵が吹くラッパの音と共に、

「課業始め、水兵員整列」

当直将校が壇に上り、

「予定訓練、かかれ!」

兵科である我々は、砲術、水雷術、陸戦を主体に、短艇(カッター)、通船(和船)、手旗、水泳、結索、銃剣術、防毒などを叩き込まれる。といっても海兵団では初歩的な教育内容で、基本動作を体で教えられるのだ。

専門的な知識や技術を習得するには、砲術学校とか、水雷学校、航海学校、工機学校などがある。試験に合格した者にそれぞれの学校で専門教育が行われ、特技章をもって艦隊などで重要な配置に就くことになる。しかし、それは海兵団を出て実地勤務についてからでないと試験を受けることができない。

海兵団での訓練は、だいたい分隊ごとに行われ、陸戦教練の分隊もあればカッター訓練の分隊もあり、水泳をしている分隊もあるといったぐあいである。そして、何をしていても教班ごとの競争になるので、勝っていれば教班長はご機嫌だが、負けると、

「貴様ら、気合いが入ってないから負けるんだ。やる気があるんか」

などと罵られたあげく、食事を抜かされたり、軍人精神注入棒と墨痕鮮やかに書き入れてある樫の棒(直心棒とも言っていた)のご厄介になることになる。

「課業やめ、五分前」

五分前になると訓練は直ちに中止され、次の課業の支度をしておく。

「課業やめ、休め」

これで午前の日課は終わり、

「食事」

食事が平穏であれば少しは休める。だが遊んでいるわけにはいかない。兵舎の入口にある大鏡に向かって敬礼の練習をするとか、教えられた動作の復習をしているか、とにかく体を動かしていれば怒鳴られることはない。

午後も決められたカリキュラムに従って訓練が行われ、ヘトヘトになるまで振り回されて、午後四時ごろ終わる。

海軍では午後四時半に夕食となる。非番の教班長たちは明朝まで入湯外出となるので、食事を終えると一装の軍服に着替えいそいそと出かけて行くのである。残っている教班長は勿論のこと、二等水兵の助手までゴキが悪い。そのため夕食後に行われる別科は、意地の悪い訓練が多かった。さらに、

「総員、吊床おろせ」

ともなると、やたら直心棒がとんでくる。何回となく吊床訓練が繰り返され、

「遅い遅い、こんなことで海軍の軍人といえるか、それっ!」

怒り狂ったように教班長たちはそこらあたり、直心棒で殴りとばすのであった。

吊床をおろしてもまだ寝るわけにはいかない。兵舎の内外や(かわや)の掃除で『回れ!、回れ!』をやらされた後、きれいになった兵舎と新兵たちの寝ている様子を当直将校に見て頂くのが巡検である。

 

新兵は寝るのも一苦労であった。

「巡検用意」

急いで軍服を脱ぎ、四角に畳んで頭の位置に置き、帽子をフックに掛ける。吊床に飛び込んで安らかに眠ったふりをする。

「巡検」

スピーカーから流れる巡検ラッパの音は、一日の激しい訓練を終えて疲れた体に静かに染み入る。哀愁のこもった余韻を残し、寂しさと悲しみの音色が高く低く鳴り響く。新兵たちにとってこのラッパのメロディは実に印象的で忘れられない。

ときに、この時刻に合わせたように、東京行きの急行列車が呉駅を発車する。シュッ、シュッ、ボーッと汽笛を鳴らして海兵団の横の坂道を登って行く。あの汽車に乗れば懐かしい家に帰れるのだがと、遠く離れた故郷や家族を想うとき、つい涙が出てしまう。

「巡検終わり、煙草盆出せ」

やっと自分の時間が与えられた。ゴソゴソ吊床から這い出して手紙を書く者、身の上話など小声で話している者、真面目な奴は教科書を開いて自習をする。なかには面会の際の菓子をどうして兵舎に持ち込めたのか、毛布の中に潜って音のしないように食べている奴もいる。靴下の繕いや時間のかかる用便などは、このときにやっておかないと日中は暇がない。

 

このように新兵の一日は、なにごとも五分前に始まり五分前に終わるといった調子で、早く早く、気合いがたらんと怒鳴られ殴られ、腹を空かしながら振り回されていた毎日であった。