わが青春の追憶
破局への戦い

比島周辺の戦い

『あ号作戦』が開始される直前に、十七駆逐隊の一艦であった駆逐艦「谷風」が、ボンガオ島付近において、敵潜水艦の魚雷を受けて沈没したとの情報を得た。大東亜戦争開始以来、戦場の友としてきた僚艦を失ったことは、戦争の激烈さをひしひしと身に感じ、たまらない寂しさを覚えたのである。

「谷風」の欠けた後に、補充されてきたのが駆逐艦「雪風」であった。「雪風」は、十七駆逐隊の各艦と同型の陽炎型で、最新鋭の駆逐艦として今後の行動を共にすることになった。

我が連合艦隊は、マリアナ沖海戦で散々な目に遭い、リンガ泊地に戻って一息ついていたが、「磯風」だけ艦隊から別れて内地に向かい、半年ぶりで呉軍港に帰ることになった。

早速、海軍工廠の第四ドックに入渠して、船体や兵器の点検修理をすることになった。さらに後部にある二番砲塔を取り除いて、その跡に二十五ミリ機銃を二基四門増設されるなど、対空戦闘に対しての装備が強化された。

この間に、三日間の休暇が許されて帰郷したが、右腕に善行章の山形を付けて威張っていても、誰も善行章の値打ちを分かってはくれなかった。それでも、以前のように毎日の制裁や、恐ろしい休暇土産の罰直なしで帰ったことは、家族の者たちにも想像できたのであろう、安心したようである。

 

昭和十九年八月下旬、呉軍港を出て南に向かった。陸軍部隊をマニラまで輸送したり、戦艦を護衛して内地に帰ったりで、マニラやリンガと内地とを往復していたのである。

内地からフィリピンまでは、十二ノットの原速で航海すれば、二昼夜か、せいぜい三昼夜の行程であるが、複雑な之字運動での航海のため、四日も五日もかかっていた。しかも秋から冬にかけての東支那海は、季節風が強く海が物凄く荒れるため、苦労の多い航海であった。

十月に入ると「磯風」は内地との輸送任務を終え、再びリンガ泊地に碇泊している艦隊に編入されたのである。

「連合艦隊の大部隊が集結しているから、これは近いうちに大きな作戦があるぞ」

「『大和』も『武蔵』も、今度は五十糎主砲の威力を発揮してくれよ、頼りにしてまっせ」

「今度は空母が居ないようだから、我が方は飛行機なしの戦闘になるぞ。こりゃあ危ないな」

「でもよう、電波探信儀も付いたし、二十五ミリ機銃も増設されたんだから、そうむやみにやられてたまるか」

リンガ泊地に集結待機していた連合艦隊は、敵連合軍の状況が察知できたのか、各艦が一斉に錨を揚げて出動したのである。今度は何処へ行くのであろう。

 

十月十五日、風はなく、照りつける太陽の強い光が、追い波に反射してキラキラと眩しく、目が痛いほである。鏡のような南方の大海原を、各艦艇は編隊を組んで堂々と進撃を始めたのだ。

我が艦隊の勇姿を見る時、残存艦艇を寄せ集めたとはいえ、まだまだ実力もあり、十分な戦力を持っているものと思われた。「大和」も「武蔵」も健在だ、その威容は実に頼もしく、帝国海軍はいまだ万全なりと思われた。

総員集合の席上、前田艦長は、

「今回の作戦は最後の決戦になると思え。敵の大軍団がフィリピン諸島へ上陸するため、いま北上中との情報があった。敵の兵力は、戦艦、大型空母を含む大編隊である。これを諸君の技量と意気と奮闘によって、如何に強敵であっても撃滅せんことを願う。味方の航空機は参加できないかも知れないから、対空戦闘には万全を期せよ。さらに敵の艦艇と遭遇すれば、水上戦闘となるのである。従って砲術科分隊だけでなく、水雷科分隊の活躍することもあると思う。いまや帝国の存亡を賭けたこの作戦を『捷号作戦』と称し、必勝を期するものである。諸君の奮闘努力を期待する。終わり」

 

捷号作戦とは、この戦いのうち激戦となったレイテ島沖の海戦が、一般的に知られたため『レイテ海戦』といわれるようになったのである。

我が「磯風」は、戦艦「大和」を旗艦とした編隊に加わり、栗田艦隊と呼ばれることになった。

「俺たちは味方飛行機なしの戦闘には慣れているが、今度は嫌な予感がする。おい誰か鼠を見た者はいないか」

鼠が艦内を動き回っていれば、艦は沈まない安全だという迷信があった。

「戦艦『大和』健在なりだ、心配するな」

 

フィリピン諸島には、大小いろいろな形をした島が数多く点在している。島々の間を航海しながら眺めたフィリピン諸島は、大陸とも思われる大きな陸地もあれば、小さな無人島も沢山ある。所々に入江があったり、島と島の狭い水道が続いたりで、変化の多い美しい景色を見ることができた。

現地住民の集落が、海岸沿いの所々に見える。何処だったか地名も場所も知らないが、海の中に高い柱を建て、草葺きの屋根が五十戸ほど集まっていたのを、今でもはっきりと記憶している。この集落の対岸にある島の山頂には、火山が噴火していて、真っ赤な火柱を空高く噴き上げていた。

夕暮れの迫った海上は、凪いで鏡のようである。その海面にくっきりと島影を映し、巨大な炎を上げている火山、海上の原住民の集落、カヌーの行き交う影、実に美しい景色だ。映画館で洋画を見ているようで、いまにも原住民の叩く太鼓の音が聞こえてくるかと思うほどであった。

 

我が栗田艦隊は、戦艦五隻、重巡洋艦十隻、軽巡洋艦二隻、駆逐艦十五隻の、水上艦艇としては堂々たる陣容である。だが航空兵力なしでどこまで戦えるのであろう。砲撃戦や雷撃戦なら絶対に負けないのだが。

夜に入ると第一警戒配備となり、中継所の配置に就いたため、外の様子も戦闘の状況も分からない。いつものように小野田さんが伝声管を引き寄せ、小声で、

「おい村山、今どうなっているんだ」

「敵の大部隊が何処かの島に上陸を始めたらしい。いよいよ戦闘開始だ」

「いま本艦は何処にいるんだ。それで何処に向かっているのだ」

「そんなこと俺に分かるか、阿呆たれ」

艦の行動は下士官兵には知らされないので、誰にも分からないのだ。

「いやに静かだな、『大和』はいるか」

「『大和』と同行している心配するな。南十字星が正面に見える。星空が綺麗だぞ」

その夜は何事もなく、緊迫した長い夜が明けようとしている。寝不足で頭がふらふらする。本日も天気快晴なりだ。

すると、にわかに艦橋が騒がしくなった。何やら大声で叫ぶ声が伝声管に伝わってくる。

「各砲に告ぐ、敵艦隊の位置を確認した。ただ今から全軍突撃を敢行する。敵は戦艦、航空母艦を含む大編隊である。各員の奮闘を願う」

発砲電源のスイッチを入れた。汽缶がゴーッとうなり速力を増した。

「食事を持ってきました。急いで食べるようにとのことです」

星野主計兵が置いていった戦闘配食は、五目飯のおにぎりであった。腹が減っては戦ができないというわけだろう。

「最後の飯になるかもしれない。よく味わってゆっくり食べよう」

号令官の夏目兵曹は、どんな時でも静かで落ち着いている。

これまで何回となく経験してきたことであるが、敵に向かって進撃し、今から戦闘が開始されようとする時は、全身が極度に緊張する。緊張するとやたらに小便がしたくなるのだ。急いで便所へ走って行き、用を済ませると案外落ち着くのだ。

便所へ行ったついでに外の様子を見た。各艦はしぶきをあげて力強く進んでいる。戦艦「大和」もでっかい体で波を押し分けて、駆逐艦たちに負けじとついてくる。艦橋のマストに掲げられた信号旗が、強風に煽られていまにも千切れそうにはためいている。十六メーター測距儀が水平線の彼方を睨んでいるようだ。敵は近いのだろうか。

本艦も、魚雷発射管の両舷にあるハンドレールを倒して、魚雷戦の準備が完了している。今度こそ水上戦闘で活躍したいものだ、水雷科員しっかり頑張ってくれよ。少し風が出てきたのか波が上甲板を洗いだした。機関科員エンジンの威力を発揮してくれ、頼んまっせ。

 

「敵は大型空母、戦艦、巡洋艦を含む大艦隊らしい。こりゃあ大海戦になるぞ」

中継所に戻り配置に就くと、小野田さんが知らせてくれた。そのまま三十分ほど過ぎた。

突然、ドド、ドーン、落雷のような響き。

「『大和』の主砲が発砲したのだ。敵は近いぞ、各砲用意はよいか」

「大和」の射程距離は五万メートル、本艦は一万八千メートルだ。駆逐艦の小さな砲では、まだ弾丸が届かないのか砲戦の号令はかからない。「大和」は水平線の向こう側にいる見えない敵を攻撃しているらしい、雷鳴が轟くような砲撃が続いている。その時、

「敵機発見、対空戦闘」

さあ大変、今まで水上戦闘の用意がしてあったため、弾丸に着いている信管は着発信管だ。これを対空戦闘用の時限信管に急いで取り替えなければならない。砲塔内では大騒ぎであろう。早くしろ、急げ二分の一。

「撃ち方初め、急げ」

砲撃が開始された。機銃も一斉に撃ち出した。敵機が急降下攻撃をしてくるのか、艦は急旋回をして爆弾を避けていく。砲は十秒斉射を続け、機銃は猛射を浴びせている。

「撃ち方待て、水上戦闘用意」

敵艦隊に遭遇したのであろう、今度は水上艦艇との戦いだ。砲員速く時限信管を着発信管に取り替えろ。

「左六十度駆逐艦、撃ち方始め」

斉射間隔十二秒と、ゆっくりした砲撃となった。敵機は去ったのか機銃の音が消えた。

二十斉射ほど砲撃した。

「撃ち方待て」

「おい中継所、敵の駆逐艦が白旗を掲げているぞ」

トップの村山さんが、小声で知らせてくれた。

「急いで見てこい」

小野田さんと私は舷門まで飛び出した。右前方に敵の駆逐艦が一隻傾いて停止している。本艦よりも小型な艦だがマストの先端に白い旗が見えた。同じ旗でも降参の白旗は惨めでみすぼらしい。艦内から薄く白い煙が出ているが、大きな火災を起こしているわけでもなく、あんな事ぐらいで降参するとは呆れたものだ。

前方の水平線上には大火災を起こしている艦が見えた。どうやらこれも敵艦らしい。水上戦闘においてはやはり日本海軍は優勢であった。

戦艦「大和」は全速力で進んでいる。前方に向かって五十糎主砲を撃ち続けているが敵の姿は見えない、よほどの遠距離射撃であろう。

いつまでも見ているわけにはいかない。中継所に戻って待機した。敵艦隊は逃げたのだろうか。

ホッとする間もなく大声が伝声管から響いた。

「左三十五度、航空母艦、撃ち方始め」

今度は空母だ、命中してくれよ。

「魚雷戦用意、目標、航空母艦」

艦橋で白石水雷長の叫ぶ声が伝声管から聞こえた。いよいよ日本海軍自慢の酸素魚雷を発射しようとしている。水雷戦隊得意の攻撃だ。水雷科員しっかり頼むぜ。

敵空母は反転したようだ。早く魚雷を発射しろ、逃げられるぞ。

「右に向きを変え、右九十度、巡洋艦」

次は巡洋艦か、空母はどうなったのであろう。

長時間の連続射撃である。砲身は焼けているであろうが発砲を続けた。砲側要員は汗みどろになって操作していることだろう。弾薬はまだ有るだろうか。

 

『捷号作戦』は、このように水上戦闘であったり、対空戦闘になったりして、比島の各島々の周辺を駆け巡り、狭い水道を通り抜けての長い戦闘であった。日本軍の被害も大きかったが、敵側に与えた損害も甚大であったと思う。

戦いの様子は中継所に居るため、詳しく記憶してはいないが、三日も四日も戦闘状態が続き、その度に我が軍の兵力が少なくなっていたようだ。そして戦いの終わりかけた時、

「戦艦『武蔵』がやられているぞ」

上甲板に出て外を見た。右舷前方に二号艦「武蔵」の巨体が傾いて停止していた。しかも艦橋から前部は既に水面すれすれになっている。世界最大の戦艦「武蔵」が、敵の攻撃を受けて航行不能となり、いま沈没しようとしているのであった。

この戦いにおいて沈没した艦船は、戦艦だけでも「武蔵」「山城」「扶桑」など帝国海軍を代表する軍艦である。戦艦「大和」はまだ健在であるが、味方の艦艇が日を追って少なくなるのは、寂しくもあり実に心細いものだ。

それから、レイテ海戦の戦果の一端に、我が「磯風」の発射した魚雷が命中して、敵の航空母艦が沈没したと発表された。その功績として「磯風」乗組員は履歴書に殊勲甲と記録されるであろう。さらに勲章が戴けるのではないかと、喜び合ったのである。

 

敵連合軍の攻勢によって、比島周辺は敵側の制空圏となり、制海圏も奪われてしまった。もうリンガ泊地に行くこともできず、我が艦隊は台湾に引き下がってしまったのである。大勢の怪我人と救助者を乗せて。