わが青春の追憶

まえがき

大正時代の貧しい片田舎に生まれ、戦中戦後の激動の昭和を無我夢中で生き抜き、豊かな物資と我が儘ままいっぱいの平成までたどりついた。振り返ってみると、いろいろな試練に出会いながら、なんとか頑張って生きてきたなあという感慨が湧いてくる。

若く血気盛んな頃には、誰でも一度は社会のため国のために奉仕しようと、純真な気持ちを持ったこともあろう。私は青春時代を帝国海軍の新兵として鍛えられ、大東亜戦争においては駆逐艦の乗組員として、最前線ばかりを勤務をするという体験をしてきた。よく今日まで命があったものと、つくづく神仏のご加護と、私を取り巻く方々のおかげであったことに、心から感謝するしだいである。

戦争の悲惨さは言うまでもないが、その背景や作戦のことは、私のような下級兵士の知るところではない。ただ上官の命令に従い、ひたすら忠義の御旗のもとに、祖国を、故郷を、そして家族を外敵から守ることのみを信じ、二度と帰らぬことを覚悟して第一線の底辺で全力を尽くすのみであった。それが天運に恵まれ紙一重の差で命を永らえてきたものであり、今は亡き同僚たちの御霊に、心からご冥福をお祈りするしだいである。

戦前のことを言えば「古い」と、頭から一笑されることは承知の上だが、古来伝統の良い面もあることを忘れている。古いタンスの引き出しの奥から、忘れられている大切なものを、もう一度取り出して見直すことも必要と思い、現代の民主社会と相反する時代における一下級兵士が、軍隊で得た体験を思い出し、心ある人々の奮起を願う気持ちと、次代を担う人たちに軍隊とは、また戦争とはどんなものであったのか、真実を伝えたいため拙つたない筆をとったものである。

しかしながら長い時間経過のため、日時、地名、艦船名、作戦など、間違っている箇所があるかもしれない。極力、当時の模様を思い出し、私が実際にこの目で見た戦争とはなにかを伝え、再び祖国にあの悲惨な戦争がおこらないよう、永遠の平和を真に願うものである。

 

なお、私は多くの作戦に参加し、見るに耐えない悲惨な激戦も体験してきた。文中には戦没者のご家族の方には、知られたくない場面もあろうかと思うが、私の心の底に写っている事実を、そのまま記すものであることをご了承いただきたい。